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宇宙航空研究開発機構の歴史
人類の歴史は長いようで、宇宙の始まりから考えると非常に短い期間です。人が長年かけて解明しようと挑んでいながら、その始まりすらどのようなものだったのかわからない宇宙というのは一体どのようなものなのでしょうか。人が月に降りたって半世紀以上、先日中国がはじめて月の裏側を調査する事ができたと報道されていますしそう遠くない未来に火星への移住が本格的に実施されようとしています。世界の宇宙関連施設というとアメリカのNASAが有名ではありますが、日本にも宇宙航空研究開発機構があります。近年その高い研究成果で、高い評価を得続けているこの日本の施設について一般の方はなかなか知ることはありません。
そこで、ここでは宇宙航空研究開発機構の歴史について紹介してみようと思います。まず、日本が正式に宇宙を研究した施設は東大のペンシルロケット打ち上げの為に設立された宇宙科学研究所です。そこから約10年後に同じく東大に設立された宇宙航空研究所では日本発となる固体燃料を用いたL-4Sロケットの打ち上げに成功し、これにより人工衛星が地球の軌道にのりました。その後東大だけではなく全国の大学が共同で利用できる機関としての宇宙科学研究所が立ち上がり、世界的にみても目覚ましい成果を出す誇らしい施設へと成長していきます。
2003年には日本国内の宇宙関連機関などを一つに統合し、宇宙航空研究開発機構が発足しました。2005年にH-IIAロケット7号機の打ち上げによってひまわり6号の軌道への投入を成功させ、その後も多くの衛星や実験機の打ち上げを行いました。近年、映画にもなって非常に注目されたのがはやぶさです。2003年に打ち上げられたはやぶさは約7年という長い月日の飛行を終え2010年に無事地球へと帰還しました。小惑星から持ち帰られたサンプルのデータはこれまでの歴史の中でも非常に貴重なもので、大きな成果として認識されたいます。また2008年からきぼう宇宙実験棟の運用が始まり、日本が80年代から進めている宇宙ステーションの建設の推進を高めてくれました。
最近の新しい成果としては、2019年に超低高度衛星技術試験機であるつばめが地球観測衛星の軌道としては史上最も低い高度で飛行したとして、ギネス世界記録にも登録をされています。宇宙航空研究開発機構は、今後も我々日本人が世界に対して認められるような輝かしい功績を残してくれることでしょう。