熱を用いない「ベータヴォルタイック」方式
原子力電池といえば、宇宙用でも一般的なプルトニウム238の利用が標準的であります。
これはプルトニウム238がアルファ崩壊に伴って放出する熱、崩壊熱を利用して熱電変換することで電力を得るというものです。これは70年代にペースメーカーでも長寿命電源として利用された技術であります。
ベータ線を直接に半導体素子へ照射することで電力を得る
同じくペースメーカー用の電源としてプロメチウム147と呼ばれる放射性同位体を利用した原子力電池も存在していました。これは崩壊熱ではなく、ベータ崩壊に伴って放出されるベータ線をPN半導体に衝突させることで電力を得る「ベータヴォルタイック」と呼ばれる方式の原子力電池でした。
プロメチウムは火の神、プロメテウスから名を取った元素で、安定同位体の存在しない元素のひとつです。
ベータセル400(Betacel400)
こうしたプロメチウム147を用いたベータヴォルタイック方式の原子力電池として、航空機メーカーのマクドネル・ダグラス社の前身のひとつであるドナルド・ウェルズ・ダグラス研究所が開発した「ベータセル400」と呼ばれる電池が挙げられます。電気出力400μWを得られる原子力電池です。直径は2.29センチ、重量は98グラムです。「ベータセル」は出力によって3種類が開発され、「ベータセル400」以外には「ベータセル50」、「ベータセル200」といったものが開発されました。
直径内部は2.4テラベクレルの三酸化二プロメチウム(PM2O3)と半導体素子がサンドイッチ構造にされています。開放電圧4.9ボルト、短絡電流112マイクロアンペアです。電力への変換効率は1.7パーセントです。
ベータセル400(Betacel400)内部
プロメチウム147は半減期が約2.6年と短くありますが、その分比放射能が高く、熱電変換方式の原子力電池(RTG)と比較して少量で小型な電池を製作することが可能です。
熱エネルギーを用いない原子力電池として、熱電変換方式の原子力電池(RTG)と違い、余熱の利用などはできませんが、逆に熱環境に依存しにくい電源として宇宙開発やその他の特殊電源としての活用方法があるかもしれません。
生産方法
プロメチウム147の生産は以下の方法が挙げられます。
熱中性子によるウラン235の核分裂生成物(FP)から分離
ウラン235が中性子の入射によって核分裂すると、それによって生じる核分裂片(核分裂生成物)には一定の割合でプロメチウム147が存在することになります。使用済み核燃料をイオン交換法などによって処理することでプロメチウム147を分離して利用できるようになります。
熱中性子によるネオジム146の照射で生成されるネオジム147のベータ崩壊
原子炉を用いてネオジム146に中性子を照射すると、中性子吸収によりネオジム147が生成されます。このネオジム147は半減期約11日でベータ崩壊によってプロメチウム147となります。
陽子加速器を用いてウラン炭化物ターゲットに陽子を照射する
高エネルギー陽子加速器を用いて陽子を炭化ウランに照射することで、その核破砕による生成物としてプロメチウム147を得る方法です。耐熱性の高い炭化ウランを数千度に加熱しておき、陽子を照射することでウランの核破砕や、核破砕によって生じた中性子による核分裂によって生じたプロメチウム147はレーザによってイオン化され、質量分析計の磁場偏向の原理で分離するというものです。
高速中性子によるウラン238の核分裂生成物(FP)から分離
ウラン238は高速中性子によって核分裂することが可能な物質の一つです。そのためウラン238を高速中性子で照射することで生じる核分裂の生成物からプロメチウム147を分離することができます。
今後の生産
高フラックス同位体原子炉「HFIR」
(Credit:ORNL)
1960年代はアメリカのオークリッジ国立研究所(ORNL)が年間650グラムのプロメチウム147を生産していましたが、1980年代に生産を終了してしまいました。2010年以降に同研究所の高フラックス同位体原子炉(HFIR)を用いてプロメチウム147の生産再開が検討されています。原子炉を用いたプロメチウム147の生産については、中性子の照射能力によって生産量が変化するため、中性子束密度(フラックス)の高いHFIRに代表されるような研究用原子炉などがこうした同位体の生産に向いています。その他ロシアにおいてもプロメチウム147の生産が行われています。
プロメチウム147はこれまで蛍光灯のグロー管や、時計の夜光塗料として用いられていたこともありましたが、近年はそうした産業利用がされていない同位体です。こうしたベータヴォルタイック方式の原子力電池も様々な方法で活用されればと思います。