原子力電池「MMRTG」
MMRTGはプルトニウムを用いたキュリオシティの電源であり、同時に保温のための熱源でもあります。重量は43kg、熱出力は約2000Wで、電気出力は初期で約125W、14年経過後でも約100Wの電力を供給できる設計です。内部には放射性物質である二酸化プルトニウム238が4.8kg搭載されており、これがアルファ崩壊を起こす事で得られる熱(自己崩壊熱)を熱電変換素子を用いて直流電源として取り出す事ができる放射性同位体熱電変換発電器(RTG)です。これは原子力発電所や原子力潜水艦で用いられるような原子炉ではなく、放射性物質の熱エネルギーを直接変換するもので機械的な可動部が無い為に信頼性は非常に高く、外惑星探査機ボイジャー、土星探査機カッシーニ、太陽探査機ユリシーズなどこれまで様々な宇宙探査ミッションに用いられてきました。
原子力電池「MMRTG」(Credit:INL/NASA)
いくつかあるプルトニウムの同位体のうち、原子炉や核兵器で用いられることで有名なプルトニウム239は半減期(放射能が半分になるまでの時間)が約2万4千年であるのに対して、プルトニウム238は87.7年と比較して非常に短く、そのためプルトニウムの中でも非常に強力な放射能を持ちます。半減期は言い換えれば原子核が単位時間あたりに崩壊する確率、壊れやすさであり、短いほどその単位時間あたりに放出される放射線は多くなります。プルトニウム238は使用済み核燃料から取り出されたネプツニウム237に中性子を照射することでできるネプツニウム238がベータ崩壊を引き起こす事で製造されます。ちなみにプルトニウム239は、ウラン239に中性子を照射することで製造されます。
もう一つ重要になるのが崩壊モードと呼ばれるものです。放射性物質の崩壊にはヘリウム原子核を放出するアルファ崩壊、電子を放出するベータ崩壊、電磁波を放出するガンマ崩壊がありますが、プルトニウム238はほぼ100%アルファ崩壊を起こします。このアルファ崩壊で放出されるヘリウム原子核(アルファ粒子)は5.593MeVという高いエネルギーを持って高い崩壊熱量に寄与する上、紙一枚で遮蔽できるという性質を持っています。原子核であるためにベータ崩壊で発生する電子などと比較してもサイズが大きく、遮蔽体をすり抜けにくいという特徴があるためです。これは原子力電池からの放射線量を極力抑えられるという事であり、放射線の科学観測を行うRAD(放射線環境評価検出器)やDAN(中性子反射率計)といった観測装置に対する影響を最小限に抑える事ができます。
中心部は発熱体となる二酸化プルトニウムを格納した
炭素繊維製のGPHSモジュールがあり、
その周囲に熱電変換素子を配置(Credit:INL/NASA)
熱電変換素子はバイキング計画やパイオニア計画で用いられたSNAP(Systems for Nuclear Auxiliary Power)-19と呼ばれる原子力電池の設計に基づいており、素子には鉛とテルルを用いています。これは原子力電池の外側の冷却フィンに接するコールド側と、プルトニウム熱源に接するホット側との温度差を用いた熱起電力、ゼーベック効果を利用したものです。熱から電気への変換効率は6~7%程度となっています。プルトニウムはアメリカで生産されたものに加え、ロシアで生産されたものを使用しています。GPHS(多用途熱源)とよばれるモジュールにペレットの形状で内包され、さらにグラファイト製の耐衝撃シェルや、炭素結合炭素繊維(CBCF:Carbon Bonded Carbon Fiber)の硬質断熱材に防護されており、万が一打ち上げ失敗などによる事故の際も核物質であるプルトニウムが飛散しないようになっています。MMRTGではこのGPHSモジュールが8つ搭載されています。GPHSは元々はガリレオやカッシーニ、ユリシーズ、ニューホライズンズで使用されたGPHS-RTGという原子力電池にプルトニウムを装荷するために開発されたものですが、宇宙用原子力電源のプルトニウム熱源の標準的な形態として扱われています。
ヒート・リジェクション・システム
原子力電池であるMMRTGのプルトニウムから放出される熱はキュリオシティの保温にも用いられます。HRS(Heat Recovery and Rejection System)は車体内部のWEB(保温電子機器ボックス)内から、MMRTGを左右から囲うように設置された熱交換器にかけて機械的液体循環(MPFL:Mechanically Pumped Fluid Loop)アーキテクチャと呼ばれるものでフロン11(CFC-11)を循環させ、キュリオシティの車体内の温度を-100℃から+100℃までの間で一定に保つ事ができます。循環には高信頼性のポンプが使用されており、言わば原子力エアコンのようなものであり、プルトニウムからの熱をキュリオシティの熱制御に利用することで、電熱ヒータの使用を一部の観測装置のみに抑えることができます。
ヒート・リジェクション・システム
原子力電池の余熱を熱制御に用いる(Credit:NASA)
MMRTGを囲う熱交換器は外側が冷却側で、内側が加熱側となっており、効率的な液体循環を行う為の温度差を保つため、外側と内側はアルミニウムのハニカム構造にエアロゲルを用いた断熱構造で隔てられて表面部分の横方向への熱伝導率は高く、逆に厚さ方向に対しては高い断熱性を保っています。さらに、キュリオシティがカプセルに収められ、クルーズステージによる火星への航行中は熱環境が火星表面と異なるため、その時はHRSはクルーズステージに接続され、キュリオシティのMMRTGによる余分な排熱はクルーズステージに円周上に設置されたMPFLで放熱されます。クルーズステージはキュリオシティの火星大気圏突入前に分離されるため、その時にキュリオシティはクルーズステージのMPFLから切り離され、その循環系はキュリオシティの車体内部のMPFLに切り替えられます。