サンプラー掘削分配装置「SD2」
彗星探査機「ロゼッタ」には着陸機「フィラエ」が備わっています。彗星周辺を周回しながら探査を行う「ロゼッタ」に対し、「フィラエ」は着陸装置を用いて彗星表面へ直接着陸する能力を持ちます。その中でも「SD2」と呼ばれるドリルは彗星内部の物質の分析を可能にするというユニークな装備です。
フィラエの背面部分に設置された「SD2」
(Credit:ESA)
この「SD2」はドリルを用いて地中のサンプルを採取し、分析装置へと輸送するまでのシステムとして備わっています。着陸による科学ミッションで非常に重要な役割を果たしますが、大きさや重量、消費電力や動作させる環境は極限そのものであります。
ロゼッタのミッションは太陽系創世や生命誕生に関わる謎を、彗星の探査によって解き明かそうというものです。そのため彗星の強度などの構造、密度、熱的な特性、そしてどういった物質がどれくらい、どういう分布で存在しているかを知る必要があります。
「SD2」は地中を掘削するためのドリルによって10~40立方ミリメートル程の試料を深さ23センチから採取することができます。
「SD2」の概要
左の黒いのが電子機器ユニット
右の白いのが機械ユニット(Credit:ESA)
システムは全体で5.1kgの重量を持ちます。うち3.7kgは機械ユニットでドリルの駆動部などが備わっています。他に電子機器ユニットが1kg、ケーブル類が400グラム等となっています。
電力が制限された宇宙空間で使用する必要があるため消費電力も最小限に抑えられています。スタンバイ時で1.5W、掘削時も平均で6W、最大で14.5Wの消費電力となっています。
機械ユニットはツールボックスと呼ばれるケースに覆われて「フィラエ」に外付けされています。ツールボックスは採取したサンプルの汚染を防ぎ、内部の機器を保護する役割があります。
ドリルボックス
機械ユニットにはドリルが内臓されており、そのドリルビットは硬い材料でも穴を開けられるよう、多結晶ダイヤモンドを用いた非常に硬いものとなっています。これは彗星核がどういった状態でどれくらい硬いかがハッキリとはわからないため、だいたいの状況に対応できるようにするためです。ドリルを垂直に押す力は100ニュートン程度で、最大14.5Wという低い消費電力も最大限の掘削能力を確保できるよう、シミュレーションが試験が重ねられました。
ダイヤモンドドリルの中心に
サンプル採取用の機構がある(Credit:ESA)
ドリル機構と、サンプル採取と排出の機構が独立して作動するようになっているため、彗星の状況に応じてこの動きの組み合わせを変えてサンプルを採取できるようになっています。ドリルによる掘削を行った後、サンプリング機構がサンプルの収集を行います。
ドリルの中心部に設置されたサンプル採取機構は上下にピストン運動が可能なため、サンプルの採取や排出はこの部分の動作によって行われます。
カルーセル
カルーセルとは回転する小さなテーブルのようなものです。これはサンプル採取機構によって採取されたサンプルを加熱するためのオーブンが26個搭載されています。ステッピングモータにより回転し、機械的な接触部分を持たないように設計されているため、低温かつ塵の多い彗星表面の環境において固着してしまったり、塵が詰まってしまうことによる動作不良が起こりにくくなっています。
オーブン
カルーセルの円周上に配置された
オーブン(金色の部分)(Credit:ESA)
カルーセルに載せられたサンプルはカルーセルの回転によりオーブンに収納されます。摂氏180度まで加熱可能な中温オーブン(MTO)が10個、摂氏800度まで加熱可能な高温オーブン(HTO)が16個、2種類が搭載されています。これは温度によって異なる揮発成分を科学機器で検出できるようにするためです。オーブンには加熱用コイルと温度センサが設置されており、SD2の電子機器ユニットに接続されています。また、オーブンに投入された物質の量を計測するためのボリュームチェッカーと呼ばれるセンサも搭載されています。
科学分析機器
カルーセル上のサンプルはCIVA、COSAC、PTOLEMYといった科学観測機器により分析がなされます。
CIVA
CIVAは可視・赤外線分光計です。波長によってどういった物質がどれくらい含まれているかを知ることができます。フィラエには彗星表面を広範囲に観測するための「CIVA-P」と、フィラエ内部でSD2のカルーセル上のサンプルを観測するための「CIVA-M」が搭載されています。「CIVA-M」は赤外線と可視光で小型顕微鏡が2つ搭載されています。後述のCOSACやPTOLEMYでの分析を行う前にこの「CIVA-M」での分光分析を行います。
COSAC
質量分析計とガスクロマトグラフを
持つ「COSAC」(Credit:ESA)
COSACはガスクロマトグラフと飛行時間型質量分析計によって構成される装置です。これは生命の元となる複雑な有機化合物の検出を行うことができます。地球誕生当時の高温環境では複雑な有機化合物を造りだすには熱すぎる環境であったと考えられています。そのため地球がある程度冷えた後、彗星によってもたらされたというパンスペルミア説が提唱されています。このCOSACで有機化合物が検出されれば、生命の歴史の一部を知ることができるでしょう。
PTOLEMY
軽元素に対応する質量分析計「PTOLEMY」
(Credit:ESA)
COSACと似た装置です。オーブンによって揮発されたガスをPTOLEMY内部の3つのオーブンに輸送します。加熱されたガスは質量分析計に送られ、何がどれくらい含まれているかを分析できます。PTOLEMYは炭素や窒素、酸素といった軽元素の検出に特化されています。そのため水や一酸化炭素などの軽い有機物の検出に用いられます。