普段目にする天気予報でもお馴染みの気象衛星「ひまわり」は日本人にとって最も身近な人工衛星の一つでありましょう。初の「ひまわり(GMS)」は1977年にアメリカのケネディ宇宙センターのデルタ2ロケットにて打ち上げられました。それから30年以上、多くの「ひまわり」が打ち上げられ、静止軌道から地球の天気を見守って来ました。ここでは「ひまわり」の歴史と、その最新鋭機となる「ひまわり8号/9号」の解説を行なっております。
気象衛星「ひまわり」の歴史
「GMS」シリーズから「MTSAT」シリーズへ
「ひまわり」シリーズは5号まではGMSと呼ばれるタイプでした。初代「ひまわり」はヒューズ社製のスピン衛星バス「HS-335」、「ひまわり2号」~「ひまわり5号」までは「HS-378」を利用していました。バスとは衛星の基本的な構成要素であり、ここに衛星ごとのミッションに応じた機器を搭載する事で人工衛星としての役割を果たします。
GMS-5「ひまわり5号」
(Credit:BSS)
「ひまわり5号」までのGMSシリーズはレイセオン社製の可視赤外走査放射計「VISSR」と呼ばれるセンサを搭載しており、これが静止軌道から地球を観測することで気象予報に必要な画像データを撮影していました。センサとしては光電子増倍管とフォトダイオードが可視光観測に、テルル化カドミウム水銀(HgCdTe・MCT)を用いた光検出器が3チャンネルの赤外線観測に用いられていました。
そしてGMSシリーズの最後となる「ひまわり5号」の代替となる、新しい世代の気象衛星として運輸多目的衛星「MTSAT」シリーズが計画されました。これは航空管制衛星に気象衛星の機能を搭載することで予算を抑えるというものでした。一つの衛星に航空管制と気象観測という2つの機能を搭載するため、多くの機器を積んだ大型の衛星となりました。そうした衛星であったため、このMTSATシリーズには「ひまわり」ではなく「みらい」という愛称が公募により選定されていました。
「MTSAT」で搭載された航空管制ミッションとは、通信衛星の第三世代インマルサットと互換性のある「CPDLC」と呼ばれる管制官とパイロット間のデータリンク通信や音声通信の中継機能のほか、MSASと呼ばれる地上からの測位誤差の補正データ(ディファレンシャル補正)やGPSと同様の測位信号を送信する「MSAS」機能が搭載されました。
そしてこのMTSAT-1「みらい」は1999年11月に種子島宇宙センターよりH-IIロケット8号機により打ち上げられましたが、ロケット一段目のLE-7エンジンのターボポンプのインデューサ破断による推力喪失により地上からの指令で破壊されたため失われてしまいました。
「パシフィック・ゴーズ」
その頃には既に「ひまわり5号」の姿勢制御用の燃料が尽きかけたため、2003年5月22日には気象観測の運用を終了することになってしまいました。そのため急遽アメリカの気象衛星である「GOES(ゴーズ)」シリーズの9号機、「GOES-9」を借りることで観測が継続されていました。
アメリカの気象衛星「GOES」
(Credit:NOAA/NASA)
アメリカで打ち上げられたものの、観測機器にノイズが混入するなどの不具合があったために軌道上で待機状態だったものを日本が見える位置まで移動させ、観測を行いました。
この「GOES-9」には「パシフィック・ゴーズ」という愛称が名付けられましたが世間には殆ど知られず、NHK天気予報などでも単純に「気象衛星」とだけ呼ばれていたそうです。
MTSAT-1R「ひまわり6号」
そして失われた「MTSAT-1」の代替として、「MTSAT-1R」を打ち上げる事になったものの、製造時に観測機器の部品の一部に不具合が生じた事や、製造元のスペースシステムズ・ロラール社の破綻により衛星の引渡しが遅れてしまいました。そのため当初予定されていたH-IIAロケット6号機による打ち上げが延期となってしまい、H-IIAロケット7号機による打ち上げに変更されました。しかし当初乗るハズだった6号機の打ち上げが失敗してしまったため、それを受けたH-IIAロケットの改修により7号機の打ち上げは2005年2月26日にまで伸びることとなりました。
運輸多目的衛星「MTSAT」
無事打ち上げられた「MTSAT-1R」の「R」とは「Replacement(代替)」を意味します。愛称は「MTSAT-1」で予定されていた「みらい1号」ではなく、「ひまわり5号」の後継機として「ひまわり6号」と名付けられました。
「MTSAT-1」と「MTSAT-1R」の差異としては、「MTSAT-1」では観測装置にITT社製のイメージャが搭載されていましたが急遽打ち上げる事になった「MTSAT-1R」のため、仕様が異なるレイセオン社製の「JAMI」と呼ばれるイメージャが搭載されています。
MTSAT-2「ひまわり7号」
続いて「ひまわり7号」となる「MTSAT-2」は2006年2月18日に打ち上げられましたが、これはスペースシステムズ・ロラール社製で「LS-1300」と呼ばれるバスを用いていた「ひまわり6号」に対して、国産となる三菱電機製の「DS2000」と呼ばれるバスを用いているため、外観は似ているものの全く違う衛星となっています。
新世代の静止地球環境観測衛星「ひまわり8号/9号」
ひまわり8号・9号の外観(Credit:気象庁)
そして2014年10月に打ち上げの「ひまわり8号」と、2016年に打ち上げの「ひまわり9号」は「静止地球環境観測衛星」として気象のみならず地球環境も観測可能となる高機能な観測能力を持つ衛星となります。衛星バスは「ひまわり7号」と同様に三菱電機製の「DS2000」バスを採用したものとなっています。「ひまわり8号/9号」では「MTSAT」シリーズにあった航空管制ミッションが除外されていることもあり、衛星重量は「ひまわり7号」の4.65トンから、3.5トンにまで軽くなりました。
さらに「ひまわり8号/9号」では運用と待機で5年づつで10年という長い寿命を持ち、高い解像度で、短い頻度で、多くのチャンネルで観測が可能になるという新世代の気象衛星となります。こうした複数の波長で高頻度に観測できるようにすることで、地球観測能力を向上させた高機能な気象衛星はアメリカの「GOES-R」や、ロシアの「エレクトロL」など各国でも開発・運用されています。
放射計「アドバンスト・ヒマワリ・イメージャ」
複数のチャンネルでの観測を可能にしているのはアドバンスト・ヒマワリ・イメージャ、「AHI」と呼ばれる新型のセンサです。カラーでの画像取得ができるほか、自然火災や雲の判別、オゾン量、海面水温など様々な情報を得られるようになります。黄砂や噴煙の監視にも有用であり、様々な用途に役立てられます。
放射計「AHI」の外観
(Credit:ITT/Exelis)
「ひまわり6号/7号」のセンサである「IMAGER」や「JAMI」では可視光が1チャンネル、赤外線が4チャンネル、合計で5つのチャンネルを持って観測を行なっていましたが、「ひまわり8号/9号」の「AHI」では可視光が3チャンネル、赤外線が13チャンネル、合計で16ものチャンネルで観測を行う事ができます。
また空間分解能と呼ばれる衛星の画像の細かさも向上しており、これまで4km間隔で得られていた情報が2km間隔にまで向上します。
放射計「AHI」の画像データ処理装置
(Credit:ITT/Exelis)
観測は「フルディスク」と呼ばれる地球全体の観測を10分毎に行えるほか、あらかじめ設定された「北東日本域」と「南西日本域」では日本を2分割して2.5分毎に観測を行えます。また、台風などを追いかけられるように「機動観測域」と呼ばれるものは2.5分ごとに場所を変更しながら観測を行えます。さらに、「ランドマーク域」と呼ばれるものの領域を2つ設定可能であり、これはわかりやすい海岸線などを30秒毎に捉えることで衛星の姿勢を制御したり、積乱雲の急速な発達などを観測するなどの用途に仕様されます。
AHIの観測領域と観測パターン(Credit:気象庁)
「ひまわり8号/9号」の通信
このように取得できるデータが多くなったため、そのデータ通信量は50倍にも膨れ上がりました。そのため通信もこれまでSバンドと呼ばれる電波を使用していたのに対して、「ひまわり8号/9号」ではKaバンドと呼ばれる高速通信が可能な電波を利用しています。
これまでの「ひまわり7号」までは衛星で得られた画像を地上へ送信し、地上で処理した後に、再び「ひまわり」を中継して各地へデータを配信していましたが、データ量の増大からデータの配信は他の通信衛星を用いて行われます。
ひまわり8号/9号の通信(Credit:気象庁)
衛星の諸元
ひまわり8号/9号 | |
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運用 | 気象庁/気象衛星ひまわり運用事業(HOPE) |
打上機 | H-IIA |
打上日 | 2014年10月7日 |
COSPAR-ID | ― |
重量 | 3500kg |
本体全長 | 5.2m |
本体全幅 | 5.3m |
本体全高 | 8.0m |
電源 | 1翼可動式太陽電池パドル(2.6kW) |
観測機器 | AHI:アドバンスト・ヒマワリ・イメージャ SEDA:宇宙環境観測装置 |
出典:気象庁ホームページ
(http://www.data.jma.go.jp/
mscweb/ja/himawari89/)
「AHIの観測領域と観測パターン」(気象庁ホームページより)