科学的意義
人類はどこから来たのか―――太陽系と生命の起源と進化
探査機としての科学的意義としては、この探査機が私たちの太陽系がどのようにして生まれ、進化し、生命の材料となる物質が生まれたのかという人間誰しもが一度は疑問に思う謎を、少しでも多く解決することにあります。
具体的には観測装置を用いて、小惑星の性質や組成などを調べるのです。これらの機器はカメラや分光計といったものを小惑星の近くまで運び、それを使用して分析を行う「リモートセンシング」という方法があります。このリモートセンシングはこれまでの惑星探査機で多く利用され、多くの科学的成果を出し、惑星や宇宙の謎を解き明かしてきました。
それに加えて「はやぶさ2」や初代「はやぶさ」の大きな特徴は、「サンプルリターン」というミッションを持つことにあります。実際に小惑星に着陸し、そこにある物質を地球に持ち帰るのです。
小惑星を調べたり、サンプルを地球に持ち帰ることで何がわかるのでしょうか?それは
- 太陽系の誕生と進化
- 小惑星から惑星への進化
- 隕石の「出どころ」
を知ることができるということなのです。
地球は46億年前に形成された時、高温の環境により一度溶けた状態になっています。そのため地球が形成されるより以前の情報は失われてしまっているのです。小惑星は低温の宇宙空間で溶けたりすることなく存在し続けているため、地球が形成されるより以前の、太陽系が形成された当時の情報が残されているのです。いわばタイムカプセルのような存在の小惑星を探査することで、太陽系や私たち生命が誕生した謎に近づく事ができるのです。
ワンポイント
この地球や、自分たちはどこから来たのでしょうか?その謎は太陽系のタイムカプセルとでも言うべき、小惑星に眠っていると考えられています。
太陽系の誕生と進化
このテーマについては「惑星をつくった物質を調べる」、「それらの物質が惑星へどのように成長したかの過程を調べる」ということになります。
数十億年前、私達の太陽系はガスとチリによって構成された原始太陽系と呼ばれる時代がありました。そのとき、宇宙空間にはどういった物質が存在し、またそれらの分布や、時間経過による変化を解明することを目指しています。最終的に、惑星そのものや、そこにある海、生命となった物質を詳細に分析するのです。
それらの内容としては、
- 星間分子雲から太陽系に持ち込まれた粒子である「プレソーラー粒子」
- 太陽系初期の高温状態の痕跡を残している「白色包有物」
- 初期に誕生した天体においての有機物の多様化をもたらす「鉱物・水・有機物の相互作用」
- 天体が誕生した後にその内部や表面で起きる物質の変化「熱変性・宇宙風化」
といった物が挙げられます。
水や有機物などの揮発しやすい「揮発性物質」は、分子雲の中でチリ表面で作られ、原始太陽系を構成していたガスとチリの円盤や微惑星の段階で「熱変性・宇宙風化」の影響を受けて、変化します。これらが地球に蓄積することで、地球に誕生した生命の材料となったと考えられています。「はやぶさ2」のサンプルリターンでは、この過程でどういった物質が存在したのかを解明するのです。
惑星への成長過程
地球をはじめとする惑星を作るもとになった微惑星と呼ばれる天体の構造を調べます。惑星が作られるまでにはこの微惑星が衝突と破壊、合体、集積などを繰り返すことで惑星へと成長したと考えられています。この過程においてどのような事が起きていたかを知ることで、惑星進化の謎を解き明かします。
隕石の「出どころ」
地球には日々多くの隕石が落下しており、その中には小惑星を由来とするものも存在しています。そうであれば「わざわざ小惑星に行かなくても、地球に落ちてきた隕石を調べればいいのでは」という事になるかもしれません。しかし隕石として地球の大気圏に突入した時点で高温かつ高圧の環境に晒される上、地球の大気や土壌といったものに触れてしまうため、失われてしまう情報も多くあるのです。さらに、そうした「小惑星由来とされる」隕石が本当に小惑星から来たものなのか、そしてそういった小惑星は太陽系のどのあたりにあるものなのか、という謎が生まれます。そのため探査機が実際に小惑星に行く事が、その謎を解き明かすことに繋がるのです。
ワンポイント
惑星はどんな物質で出来ているのか、そしてそれがどういう過程で星にまで進化したのか、隕石は一体どこにあったものなのだろうか、宇宙という環境で起きていた事を調べます。
技術的意義
世界をリードする日本独自の技術―――他に類を見ない深宇宙探査
上記の「科学的な意義」を達成するためには観測装置を小惑星に送り込んだり、サンプルリターンを行う場合は送り込むことに加えて地球に戻らせる必要もあります。目標とした科学的意義を達成するには、技術的な要素が不可欠なのです。小型の探査機を小惑星にまで送り込み、それを地球に戻すためには、効率の良いエンジンや、遠くでもデータのやりとりが可能な通信システムなど、多くの最新技術が必要になります。
人類が宇宙に進出して50年とちょっとですが、これまでの宇宙開発の歴史においてもそうして培われた技術が次世代へと受け継がれながら多くのものを生み出してきました。それらは私たちの生活にも広く応用され、人類全体の技術水準を向上させることにつながります。
「はやぶさ2」では初代「はやぶさ」において発生したトラブルの経験から、より壊れにくく信頼性の高い設計とし、さらに新しい技術を取り込む事でより新しい方法での惑星探査を目指しています。詳しくはこちら【「はやぶさ2」の技術】からご覧頂けます。
ワンポイント
宇宙探査機は過酷な未知の環境で動作できる特殊な機械として、極めて高度な技術がたくさん要求されます。その開発過程で得られるノウハウや新技術は私達の生活をより豊かにしてくれます。さらにそれが次世代の宇宙探査へ繋がっていくのです。
探査としての意義
上記の科学的な意義や技術的な意義によって、新しい知見や価値観、新しい技術を獲得し、それらを応用・活用することに加えて、宇宙産業の発展、科学や技術そのものへの新しいイノベーション、日本だからこそできるミッションにおける国際的な役割、科学や技術に対する教育など、社会全体へ波及するものが多くあります。
「はやぶさ2」には国際協力によって、ヨーロッパの観測装置も搭載されています。さらに初代「はやぶさ」と同様に観測データや地球に持ち帰ったサンプルの分析も国際的に行うことで、日本が国際社会に貢献しつつ、様々な方法での分析を実現し、人類共通の財産としての科学の発展をもたらすことができます。さらにこうした「はやぶさ」の次世代機である「はやぶさ2」をはじめ、将来の宇宙開発、惑星探査における人材の育成も目指しています。
探査機が目指すもの
「はやぶさ2」は小惑星の探査を目的とした探査機ですが、新しい技術を利用し、かつ未知の天体へと向かう探査機です。そのためミッション決定の際には「少なくともこれは実現したい」とする「ミニマム・サクセス」、「ここまでできたらバッチリ」とする「フル・サクセス」、「オマケにここまでできたら最高」とする「エクストラ・サクセス」の3つの目標が設定されました。
ミニマム・サクセス
「はやぶさ2」がミニマムサクセスで目指すものは、イオンエンジンによって小惑星にランデブー(接近と到達)を行い、小惑星の表面や内部の観測を上空から行い、これまでにない新しいデータを得ることです。そして、「インパクタ」と呼ばれる衝突装置を小惑星表面に撃ち付けて人工のクレーターを作り出す事にあります。
フル・サクセス
「MASCOT」や「MINERVA-2」の探査ロボットを小惑星表面に着陸させます。サンプル採集システムを利用してサンプルを100ミリグラム以上採取し、そのサンプルを格納したカプセルを地球の大気圏に再突入させ、中身を地上で分析します。その際に鉱物・水・有機物の相互作用において新しいデータを得ることを一つの基準としています。さらに「インパクタ」を狙い通りの位置に衝突させた上で、その際に人工のクレーターが生成される様子から小惑星の内部の構造や、内部を構成している物質がどのようなものであるかというデータを得ます。これは人工クレーターを中心とした100メートル四方の画像を、20センチメートルの解像度で得ることを目的とします。
エクストラ・サクセス
小惑星全体のデータと、サンプルの微小なデータを統合し、地球とその海、生命の材料となった物質に関する、新しい科学的なデータを得る事を目的とします。また、「インパクタ」が小惑星に衝突し、人工クレーター生成の際の破壊から、飛び散った破片が再び集積するまでの過程から、小惑星が形成されるまでの過程に関する新しい科学的なデータを得ることを目指しています。
さらに、この人工クレーターによって露出した小惑星の内部のサンプルを採取することや、「MASCOT」や「MINERVA-2」により表面の環境に関する科学的なデータを得ることも目指しています。
目標 | 探査の内容 |
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ミニマム・サクセス | イオンエンジンによる動力飛行 小惑星へのランデブー 上空からの小惑星の観測 「インパクタ」による人工クレーター生成 |
フル・サクセス | 探査ロボットの着陸 「インパクタ」を狙った位置に衝突 「インパクタ」による人工クレーターの高解像度画像を取得 表面からのサンプル採取(100ミリグラム以上) 帰還カプセルの大気圏突入 |
エクストラ・サクセス | 地球・海・生命の材料に関する科学的成果 小惑星が形成されるまでの過程に関する科学的成果 「インパクタ」による人工クレーターからのサンプル採取 探査ロボットによる小惑星の表層環境に関する科学的成果 |